一足早い春と、テレビ画面いっぱいに映し出されているのは
房総半島の花畑、弾けるような菜の花の黄色。
どうやら旅行番組らしく、次に映し出されたのは、緋色の濃い神津桜で。
往年の名女優様が暇を持て余しているから出てあげましょうという感じで、
バラエティタレントらしき女性に上手に引率されて、
春めきのあちこち、まあまあまあと嬉しそうに巡っておいで。
何て女優さんか意外にも国木田さんがご存知で、
久し振りに見たなぁと感動してなさるのをさておいて、
「春ですねぇ。」
賢治ちゃんが嬉しそうにひまわりのような笑顔でそうと言い、
今年の花粉はどうなんだろうね。
何だかんだで毎年多いめって言ってませんか?
ボジョレーヌーボーの総評みたい。
あれか、何十年ぶりの逸品とかいうあおり。
毎年なんだかだで褒めてばっかだもんなぁ。
何だか話がどんどんと逸れた挙句に、
パッと入れ替わったCMで、
有職ひな人形の何とかと気品あふるるひな人形のアップになって。
お雛様かぁ、そういや今年は飾らなかったねぇ。
いつも社長や春野さんが額に入った押し絵のを飾ってたけれど。
ちょっとバタバタしていましたしね。
こういうのって早く仕舞えっていうけど早く出すのは構わないのかな。
最近はいろんなイベントが随分前倒しになってますけど、こういうのは別物じゃあ。
CMは販売促進のためだからしようがないけど、
イースターやハロウィンが意味なく早々と取り上げられてるのはちょっとねぇ。
口が達者だったり、察しがいいという格好でも頭の回転が早かったり
一癖も二癖もある顔ぶればかりの探偵社であるが故か、
す〜ぐに話が脱線してしまうのも困ったもので。
「……?」
なので、ちょっぴり世間知らずなところが多かりしな新米さんは、
話があっという間に進んだのへ置き去りにされちゃうこともしばしばで。
よって……
「……あの、お雛様を早く仕舞えと言われているのはどうしてなんですか?」
パーカー仕様になったルームウェアは、
白地に縞模様が入っており、恐らくは虎の仔を模しているらしいが、
所謂 “着ぐるみ”風と呼ぶには仕立てが凝っている。
生地の肌触りからしてふかふかと優しく、
フード部分や前合わせになったファスナー部分は質のいいフェイクファーで縁どられ。
インナーとして着ているシルクのTシャツと言い、
そこいらの jkが量販店で購ったものと一緒にしちゃあいけない代物。
このフラットに敦のためにと備え置かれているもので、
十分に暖房が効いているので、ボトムが半ズボンでも一向に不自由はなく。
若木のようなすんなりとした肢体を大人しくソファーへ埋めて腰かけていた虎の少女が
唐突にそんな事を訊いたのへ、
「何だよ、いきなり。
つか、探偵社ではそういうのも一応浚って祝うのか?」
さすがは一応 真っ当に看板出してる職場だなと、
甘く淹れたカフェラテを満たしたマグカップを渡しつつ、
フラットの主が意外そうに眼を見張ってから、緩やかに破顔して くすすと笑う。
そちらも随分と砕けた恰好をしており、
お揃いということか、ワインカラーの同んなじパーカー姿。
だというに、所作に品があっての妖冶な色香を満たしておいでな肢体や
ちょっとした視線の流し方一つ取っても含みのある表情を醸すせいだろう、
随分と大人びて見えるから不思議なもの。
そんな姉様が、ちろりと宙を眺めるように視線をやってから、
「アタシが知ってる話じゃあ、
人形も小道具もたんとある ひな壇は邪魔だから、
桃の節句が終わったらとっとと片付けてしまえと、
そういう手際の良さがないと嫁の貰い手がないよなんて
親とか姑が言ったのが、いかにもな言い伝えみたいになっちまってるって説だがな。」
余程 懐具合が豊かな家じゃあないと豪華な雛ぞろえなんて飾らなかったろうに、
余程 愛されている娘ででもなけりゃあ そんな豪奢な代物 揃えもしなかっただろうに。
当日の祭りが済んだらお別れとばかり片づけにゃあならねぇなんて、
男尊女卑も甚だしい話だと、
自分はブラックの珈琲を満たしたカップを手に、
切れ長の目許を伏せて芳香を堪能しつつも
けったくそ悪いと言わんばかりのしかめっ面になってしまう中也だったが、
「それでも、ずっと続いてるお祝い事なんですよね。」
女の子のお祭りとなったのはいつからか定かじゃあない。
本来は子供の疫を落とす習わしが変じたもの。
お人形を扱うので端午の節句と分けたというそれだろうに。
それでもいいなぁと嬉しそうに、慎ましやかに微笑む虎の少女なのへ、
手前のローテーブルにカップを置いた姉様、
腕を伸ばすとすぐお隣に腰かけて愛しい彼女の薄い肩を抱く。
「まだ今日は当日だからな、
今から店を回って敦のお雛様を見繕いに行こうじゃねぇか。」
「は……?」
雛飾りってのは、嫁入り道具でもあるんだぜ? 知ってたか?
まあ、嫁入り先は此処って決まってるんだがな。
ちょ…何言ってるんですか、中也さん?///////
真っ赤になった白の少女の慌てようへ、
ちょっぴり寂しそうだったの吹き払えたなと安堵して。
ほらほら出掛けるよと、クロゼットのある部屋まで手を引いてゆく。
同じころ、
カレーしか作れない知己に無理を言い、
ついでにその彼女の直属の上司である物知りな事務次官様も巻き込んで焼いた
イチゴ風味の菱形雛ケーキを披露しつつ。
「これは大丈夫だから安心してね。
堅豆腐とか実験鍋とは別口だから。」
「は、はい…。////////」
こちらは最愛の漆黒の姫を “お誕生日あーんど ひな祭り”のお祝いに招いたお姉さまが、
曾ての真っ黒笑顔はどこへやったか、傾城の悪魔とまで呼ばれた魔性に蓋をし。
フリルのエプロンも愛らしく、満面の笑みを輝かせ、
どこの新妻ですかという淡い桃色オーラを振りまいて、
春めきの弥生のお茶会を堪能していたのでありました。
〜 Fine 〜 19.03.03.
*微妙に忙しくって、突貫になっちゃいましたが
雛祭り in 女護ヶ島篇です。
中也さん、敦くんには何だってしてあげちゃうんじゃなかろうか。
でもこれって、恋人というよりお母さんかも…。(おいおい)

|